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心の底をえぐられるような体験が観る人を暗くさせる画家【フリーダ】

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フリーダの代表的な作品解説(英語字幕)

一生を描いた映画「フリーダ」

サルマ・ハエックが主演です。

痛々しいフリーダの人生

フリーダ・カーロは1907年、
白人と原住民の混血児として生まれました。

6歳の時にポリオに感染して右足が不自由になり、
17歳の時にバスの大事故に巻き込まれ、
九死に一生を得ました。
その入院中に独学で絵を描きはじめたそうです。

フリーダは約200点の作品を残しましたが、
その半数が自画像です。

フリーダは民族衣装を好んで着用しました

壁画家との結婚

1928年ごろ、
フリーダは芸術家の集う集まりに参加し、
メキシコ共産党へ入党しました。
そこで出会ったのがディエゴ・リベラです。

言わずと知れたメキシコの3大壁画家の1人です。
リベラは21歳も年上でありましたが、
1929年に結婚。
フリーダの両親はあまり祝福しなかったそうです。

フリーダとリベラ

3度の流産

17歳の時の事故により骨盤や子宮に損傷を受けていたフリーダは3度も流産しています。
この出来事が深く深く心の影となり、
その後の作品に大きな暗い影響を与えます。

「ヘンリー・フォード病院」

流産の悲しい経験が滲み出ています

不貞の応酬

1935年頃、夫リベラの不貞が発覚。
しかも相手はフリーダの実の妹。
リベラは女癖が悪く、不貞は日常茶飯事だったとも言われています。

それに当てつけるかのように、
フリーダも米国人彫刻家イサム・ノグチや、
ロシアの革命家でメキシコに亡命してきた
レオン・トロツキーと関係を持っています。

「レオン・トロツキーに捧げる自画像」

離婚と再婚

1939年、リベラとの離婚が成立します。

直後に右手が皮膚病に侵され、
作品を書くことが出来なくなります。
治療の為サンフランシスコへ向かい、
状態が安定すると、リベラへ再婚したいと提案します。
1940年、二人は再婚しました。

二人はメキシコへ戻り、「青い家」で生活を始めます。

「青い家」外観

現在はフリーダ・カーロ記念館。
当時の生活用品や寝具、画材道具などが
そのまま展示されています。
中庭は広く、とても美しい大邸宅です。

描きかけの絵画までそのままです

晩年のフリーダ

1940年代の終わりころ、
フリーダは入退院を繰り返します。
6歳から不自由になっていた右足の指先が壊死し、切断手術をしました。
その3年後には更に膝まで切断しました。

生きる気力を失い、自殺したくなると
日記に綴っていたフリーダですが、
「ディエゴが寂しがるから」
と、とどまっていたとも書かれています。

1954年、
フリーダは肺炎を併発して死去しました。

「傷ついた鹿」

傷ついた自分を傷つけられた鹿に反映しています。

フリーダの作品は、
まともに直視できないほど暗く重苦しいです。

その背景には度重なる病気や事故、
夫の不貞や子を持てなかったこと、
その頃の時代背景など一人の女性にとって
心理的に重い一生を送ったことの反映なのでしょう。

もしどこかで目にする機会がありましたら、
フリーダの一生を思い出してみてくださいね。


「死の仮面を被った少女」

日本国内で唯一、名古屋市美術館に展示されている作品です。



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